2010年9月12日日曜日

創業明治5年「いし橋」

 横浜港は1859年に開港されました。居留地には大勢の外国人が住み、肉食文化が日本に伝わりはじめます。1864年、江戸幕府は居留外国人の要望を受け入れ、海岸通りに国内最初の屠場開設を認めました。1867年(慶応3年)、その横浜から中川屋嘉兵衛が、現在の芝白金に都内最初の屠場を開設しました。横浜の「太田なわのれん」の味噌煮込み風牛鍋の評判は東京にも響いてきました。そこに屠場開設です。ニーズがあると分かれば、スピード勝負となるのは、現在でも同様です。浅草や人形町などで牛鍋屋が次々と誕生します。その様子を知りたいヒトは仮名垣魯文の『安愚楽鍋』をお読みください。
 
 アキバ案内をしないで食肉史を記述するのか? いえいえそんなことはありません。小生のアキバの底流記事を楽しみにされている読者が何人いるかは知りませんが、実体感してきた街を外すものですか。で、浅草に超がつくほど有名な「今半」がありますが、ココの創業は明治28年です。ところがですねぇ、アキバには創業明治5年という牛鍋・すき焼き屋があるのです。えっ、ホントかよと疑義を発してはなりません。アキバから中央通りを末広町交差点まで歩いてください。交差点を左折、蔵前橋通り沿い左側を歩くうちに、妻恋坂交差点手前に肉屋を発見します。この肉屋の2階です!
 
 店名は「いし橋」。小生の現役店員時代はバブル崩壊がまだ本格化していない頃とも重なっています。ココを奢ってくれたのは、某ソフト会社の社長です。ガラリと扉を開けて、「○○で」と社長が姓を告げれば、お二階へどうぞ。スゴイですよ、店内には、昭和どころか明治のDNAが残存していると保証します。床から柱まで黒光りして、使い込めば日本建築とはかくなる異彩を放つのだと理解できます。店内の和室に入れば、部屋付きの仲居さんが、和服姿で給仕を始めます。小生も血気盛んな年齢でしたので、「霜降り」コースよ、さあ、おいで。味ですか? 2010年ミシュラン東京版☆1つ。当時の雰囲気を、現在でも残しているでしょう。

【島川言成のメッケたぞ!】もご利用くださいませ。

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